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■『戦旗』1612号(4月20日)4-5面

 
沖縄反革命的統合50年弾劾!
 沖縄―「本土」を貫く革命的団結で
 反帝・沖縄解放闘争の新たな飛躍を

                       
沖縄解放委員会(準)





 今年二〇二二年五月一五日は「沖縄施政権返還」から五〇年目の日だ。
 五〇年前の一九七二年五月一五日、「琉球列島米国民政府」最後の高等弁務官ランパートが嘉手納基地から去り、午前中に東京と沖縄の二会場で日本政府主催の「沖縄復帰記念式典」が行われた。午後からは同じ那覇市民会館で「沖縄県発足式典」が行われた。土砂降りの荒天候の中、沖縄労働者・人民約一万五〇〇〇人余は隣接する与儀公園に結集して「自衛隊反対、軍用地契約拒否、基地撤去、安保廃棄、『沖縄処分』抗議、佐藤内閣打倒5・15県民総決起大会」(主催・復帰協)を開催した。宮古・八重山でも開かれた。
 『沖縄処分』抗議に象徴されるように、「5・15」は日米両帝国主義による「施政権返還」攻撃に対する沖縄労働者・人民の怒りと屈辱、自己解放への出発点である。今なお変わらぬ日米共同反革命前線基地としての「基地・沖縄」―差別軍事支配の現実に、われわれは改めて痛苦の自己批判と不屈の闘争心を重ね合わせ、沖縄―「本土」を貫く沖縄解放・日帝打倒・米帝放逐の大道を突き進まなければならない。

●(一)戦争突入情勢を生み出す軍拡・改憲攻撃を打ち砕こう
▼①対中国侵略反革命戦争遂行への沖縄前線基地化・戦場化を許さない

 「台湾有事」を煽り立てた日米安保反革命同盟の対中国軍事一体化攻撃が強まる中、ロシア・プーチンによるウクライナ軍事侵攻・人民大虐殺が強行された。断じて許せない。ロシアの核先制使用での米帝・NATOへの恫喝に機敏に反応した日帝は、安倍らを先頭に「核共有」を声高に叫び出した。改憲策動の本格化とともに日米核安保体制を推進しようとしているのだ。国際主義に立脚した反戦闘争の先頭で決起しよう。
 現代帝国主義・資本主義のグローバル化と新自由主義の矛盾は、地球環境破壊を拡大し、新型コロナウイルスの世界的パンデミック(感染爆発)を引き起こした。沖縄における震源地は米軍であった。二〇二〇年六、七月の普天間基地やキャンプ・ハンセンでのクラスター発生、昨年一二月にはオミクロン株がキャンプ・ハンセンから拡大した。米軍は、日米地位協定による特権を盾に検疫フリー状態だったが、米本国出国時のPCR検査義務すら解除されていたことも判明した。沖縄に限らず、岩国(山口、広島)、三沢(青森)、京丹後(京都)など在日米軍基地を抱える自治体でも同様の事態となり、AWC日本連をはじめとして全国で米軍弾劾、日米地位協定抜本改定要求の闘いが展開された。
 発がん性指摘の泡消化剤PFOS・PFOA流出、水道水への高濃度問題も普天間基地やうるま市在陸軍貯油施設、キャンプ・ハンセン所在金武町などで発覚した。原因究明と米軍優先の日米地位協定抜本改定要求は急務だ。欺瞞的「運用改善」を断じて許してはならない。併せて、昨年二月空自那覇基地での泡消化剤流失での住民の健康被害の隠ぺいも徹底弾劾する。
 日米両帝国主義は、今年一月七日に岸田政権下で初開催された日米安全保障協議委員会(2+2)において、対中国侵略反革命戦争遂行への反革命宣言を表明した。岸田の「国家安全保障戦略」および「防衛大綱」、「中期防衛力整備計画」(中期防)改定表明と合致するものだ。「敵基地攻撃能力」保有にも踏み込んだ。思いやり予算(同盟強靱化予算だと!)の新たな合意、宮古・八重山-沖縄-奄美、琉球弧への自衛隊基地増強とミサイル部隊配備、日米軍事基地共同使用の拡大など、すさまじいまでの日米軍事一体化強化を謳い上げている。
 すでに昨年末の段階で、「台湾有事」を想定した新たな日米共同作戦計画の原案を策定したことも判明している。今年三月には、東富士演習場において約一〇〇〇人を動員して陸上自衛隊(水陸機動団)と在沖米海兵隊(第三一海兵機動展開隊)との「離島奪還」を想定した共同訓練が展開されており、日米双方のオスプレイ機や米軍最新F35Bステルス戦闘機も投入された。昨年一一月には「離島奪還」戦として、陸自水陸機動団の上陸作戦を軸に、陸・海・空自衛隊による実戦統合演習を鹿児島・種子島で行っている。 
 二月八日から六日間、在沖米海兵隊は那覇市や「県」の中止要請を無視し、「人道支援や非戦闘員の避難」、「大使館の機能強化」と称してMV22オスプレイ及びCH53ヘリコプターでの離着陸訓練などを那覇軍港において強行した。三月二二日には、厚木基地所属米海軍MH60Sヘリコプター二機によるつり下げ訓練を名護湾で行った。基地使用条件を定めた「5・15メモ」では、那覇軍港は「港湾施設」、名護湾に至っては「米軍提供区域外」であり、事前の「通告」すらない言語道断の軍事演習である。「実弾演習を伴わない域外訓練は可能」(外相林)だと! まったく言語道断だ。昨年一一月にはMV22オスプレイから宜野湾市内住宅の玄関先に金属製水筒を落下させる重大事故が発生したばかりである。こうした危険極まりない不法不当な軍事演習強行と日米地位協定の拡大解釈、その常態化を断じて許してはならない。
 琉球弧の戦場化・日米共同軍事一体化攻撃に抗し、沖縄―「本土」を貫く辺野古新基地建設阻止・反戦反基地闘争の全国的爆発で、日米両帝国主義の戦争野望を木っ端微塵に打ち砕こう。

▼②政治的「沖縄振興予算」による差別軍事支配への隷属を拒否しよう

 二二年度「沖縄振興」予算は、昨年度比11%減で一〇年ぶりに三〇〇〇億円を下回った。「三〇〇〇億円台確保」は、仲井眞の「辺野古埋め立て承認」と引き換えだった。しかし、国が「県」を通さず市町村へ直接交付する「沖縄振興特定事業推進費」は概算要求通りの満額となった。北部「振興」事業も29%増。まさに、「設計変更不承認」で新基地反対を貫く玉城デニー知事の政治的ダメージを狙った日帝―岸田の反動的思惑が明確だ。
 「復帰」後の沖縄経済は、「公共事業・観光・基地」の「3K経済」といわれ、産業構造でもサービス業中心の「依存型経済」構造である。しかも「復帰」から二〇年度までの累計一三・一兆円の沖縄関係予算のほとんどは、「本土」ゼネコンなどへ還流し、「ザル経済」が指摘されてきた。その結果が、失業率、「県民」所得は全国ワースト。こどもの貧困率は全国の倍という現実がある。
 加えて、前述したとおり、予算そのものが極めて政治的恣意的である。さらに米軍再編交付金をエサに、先の名護市長選のように市民分断と屈服を強いる手段にも使われてきた。九八年大田知事改選阻止へ「県政不況」デマ宣伝を仕掛け、稲嶺恵一「県」政を登場させたことも記憶に新しい。「沖振法」―「振興予算」での沖縄差別軍事支配への隷属を断ち切ろう!

●(二)沖縄戦体験を原点とした戦後沖縄人民の闘いの地平

 沖縄人民の闘いの原点は、「捨て石」戦として強要された凄惨な沖縄戦体験にある。
 一九五〇年代、サンフランシスコ講和条約締結と朝鮮戦争の勃発を軸に戦後帝国主義支配体制の固定化が図られる中、沖縄人民は伊江島農民の「乞食行進」決起をバネとするプライス勧告反対・軍用地四原則貫徹要求=島ぐるみ闘争の大爆発で、「銃剣とブルドーザー」による米軍政支配との闘いを展開してきた。
 特に、サ条約三条による沖縄の分離・軍事支配に「天皇メッセージ」が果たした犯罪性は断じて許せない。沖縄戦が天皇制(国体)延命のためのみの「捨て石戦」であったことに加え、戦後も帝国主義世界支配の再編のために沖縄を踏み台にしたのである。戦犯ヒロヒト、「慰霊」行脚で戦争責任清算を至上命題としたアキヒト、現在のナルヒトにつながる天皇・天皇制の打倒は、沖縄解放闘争の必須条件である。
 一九六〇年代、六〇年安保闘争を経て「高度成長」期の日本「本土」との表裏において、沖縄では脆弱な基地依存経済の枠組みが固定化される中にあっても、教公二法阻止、主席公選獲得という地平を生み出した。そして、六九年2・4ゼネスト決起や七〇年12・20コザ暴動決起など米帝のベトナム侵略反革命戦争による沖縄の前線基地・軍事支配に抗した怒り、人権蹂躙・圧政からの脱却と解放を求めて、反基地闘争が「復帰運動」と結合して闘い抜かれたのである。
 こうした戦後一貫して闘いぬかれた沖縄人民の自己解放闘争は、ついに六九年一一月の佐藤・ニクソン共同声明での「七二年沖縄返還」合意を生み出した。日米両帝国主義にとって、ベトナム侵略反革命戦争の敗北的局面が誘引したドル・ショック=IMF体制の崩壊という戦後帝国主義世界支配体制の危機と再編のための新たな反革命攻撃でもあった。
 この情勢下で沖縄労働者・人民は、返還協定粉砕を掲げゼネストに決起し、社・共「復帰協」指導部の民族主義、反米愛国路線との分岐、ベトナム反戦闘争での国際主義連帯・階級観の獲得、さらには七〇年安保・沖縄闘争としての日本「本土」労働者人民との連帯・結合=日本階級闘争の革命的転換を求めた闘いを刻印した。要は、七〇年安保・沖縄闘争において、「ヤマト党派」としてしか認識されなかった革命党の沖縄人民解放綱領そのものが問われていたし、現在もそうだ。

●(三)「沖縄処分」抗議を起点とした「復帰」後五〇年の闘いの地平

▼①反CTS・反海洋博闘争と反戦地主決起を通した5・15侵略反革命体制構築攻撃

 七二年5・15「沖縄施政権返還」が、日米安保同盟再編と日米共同反革命前線基地化と一体となった日帝の沖縄反革命的統合攻撃であることは言を俟たない。後に暴露される「5・15秘密メモ」での基地自由使用協定や核兵器再持ち込み密約でも明らかなように、「5・15」を「沖縄処分」と弾劾したことは自明だ。
 「世替わり」を強いられた沖縄人民は、ドル・ショック、石油ショック、日本「本土」資本による土地買い占め・乱開発強行など、社会的経済的困難との対峙も迫られた。七八年日米帝国主義は、「日米防衛協力のための指針(いわゆる旧ガイドライン)」合意をなし、冷戦下で対ソ連「日本有事」を想定した新たな戦争遂行体制構築を本格化する。
 沖縄人民は、「復帰」後の5・15侵略反革命体制構築攻撃に抗して、自衛隊配備阻止、基地労働者大量解雇撤回全軍労闘争、一〇四号線越え実弾砲撃演習阻止キセンバル闘争、金武湾を守る会を先頭としたCTS阻止闘争、ひめゆり・白銀決起―海洋博粉砕闘争・天皇沖縄上陸阻止闘争等々、実力闘争をもって階級対決を展開した。
 金武湾闘争・海洋博粉砕闘争では、日帝「国策」との非和解的闘争を通して、社・共等の民族排外主義と決別した日帝打倒・天皇制打倒・沖縄解放の勢力的潮流が形成され、「琉球弧」人民団結の先駆的地平をかちとったことは重要だ。
 こうした中、反戦地主会・違憲共闘会議を先頭とする沖縄人民の闘いは、七七年「公用地暫定使用法」五年延長=「地籍明確化法」粉砕の闘いで「四日間の法的空白」を生み出し、日米安保に直接「風穴」を空ける画期的な地平をかちとった。八二年には米軍特措法による強制使用攻撃と対峙し、反戦地主と連帯する一坪反戦地主会運動が新たに戦線に合流した。

▼②八七年「基地・天皇」決戦勝利、新たな沖縄解放闘争の地平

 八七年「基地・天皇」決戦は沖縄解放闘争の新たな地平を切り拓いた。「大和人(ヤマトンチュー)になりたくて、なり切れない沖縄の心」発言に象徴的な当時の知事西銘と、「戦後政治の総決算」を掲げる日帝・中曽根は、「八七年沖縄国体」開催を契機とした戦後初の天皇出席で、沖縄人民の反戦・反基地、反天皇・反ヤマト意識の解体と同化・皇民化攻撃をしかけたのだ。
 自衛官募集業務阻止、主任制導入阻止闘争、「日の丸掲揚・君が代斉唱」促進決議阻止行動が前段戦として闘われた。卒業式「日の丸」掲揚阻止へ高校生が決起した。「国体」リハーサルや本番での業務拒否、自衛隊参加抗議行動、知花昌一氏の「日の丸」焼却決起の勝利を引き出し、日帝・戦犯天皇ヒロヒトの野望を粉々に打ち砕いた。
 同時に、沖縄基地の半永久的使用宣言を許さない米軍用地二〇年強制使用粉砕闘争が、プライス勧告粉砕・島ぐるみ土地闘争の地平を受け継ぐ闘いとして、公開審理闘争を軸に全島で大爆発をかちとった。初の嘉手納基地包囲行動二万五〇〇〇人の決起も生まれた。
 この八七年決戦の階級的地平は、国頭村ハリアー基地建設阻止、恩納村都市型ゲリラ戦闘訓練施設阻止闘争、本部町自衛隊P3C通信基地阻止闘争と、沖縄島北部における基地強化・演習激化に対する住民闘争の現地実力阻止闘争として闘われた。九二年PKO法反対、自衛隊カンボジア派兵(那覇基地中継基地化)反対闘争への決起とともに持続的に系統的に闘われる原動力となり、勝利する。
 さらに、反戦地主・沖縄人民の粘り強い反基地闘争は、九五年大田知事による軍用地強制使用「代理署名拒否」へと押し上げる地平を獲得した。それは、楚辺通信所、通称「象のオリ」(読谷村)などの米軍使用期限切れ・不法占拠を生み出し、知花昌一氏を先頭に軍用地奪還闘争の勝利をけん引した。
 同年10・21「米軍人による少女乱暴事件を糾弾し、日米地位協定の見直しを要求する県民総決起大会」には「復帰」後最大規模の約八万五〇〇〇人が総決起した。少女の人権を守れなかった屈辱と怒り、その後も後を絶たない米軍人・軍属による事件・事故への怒りとして、今日につながる基地撤去・安保粉砕、日米地位協定抜本改定要求への歴史的な水路となった。

▼③日米安保再定義と辺野古新基地阻止闘争

 軍用地契約拒否・日米地位協定抜改定要求・基地撤去の燎原の炎のごとく燃え広がる闘いに危機感を深めた日米両帝国主義は、九五年一一月SACO(沖縄特別行動委員会)を設置し、九六年四月橋本・モンデール会談で「普天間基地返還条件付き合意」表明、一二月SACO最終報告で「県内移設」の欺瞞的な「基地の整理・縮小」を発表した。
 同時に、同年四月の橋本・クリントン会談で「安保再定義」といわれる「日米安保共同宣言」を発表。日米安保の対象範囲を「二国間」から「地球的規模」にまで拡大した。そして、翌九七年九月の「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」で、冷戦後の朝鮮侵略反革命戦争を想定した「周辺事態」概念を盛り込み、自衛隊の「米軍後方支援」での海外派兵を可能とする反革命攻撃を仕掛けてきた。
 沖縄関連においては、日帝は九九年七月、四七五本もの改正法の中に米軍用地特別措置法「改正」を紛れ込ませ「地方分権推進一括法」を成立させた。強制使用手続きから知事や市町村長の関与を奪い取り、収用委員会裁決・公開審理闘争を全く形骸化させた。
 同時に、新規土地接収(収用)のための「緊急裁決制度」を創設した。これは、昨年六月の「重要土地規制法」との関連で見逃すことは出来ない。戦後軍事目的が除外された「土地収用法」を実質的に改ざんする攻撃である。しかもその矛先は辺野古新基地阻止行動に向けられており、基地・原発に反対する住民運動弾圧排除意図が明白だ。断じて屈してはならない。
 こうした状況下で九七年五月六日、命を守る会住民と労働者を先頭とした事前調査阻止海上行動と座り込み監視行動への決起により、辺野古新基地建設阻止闘争突入への号砲が打ち鳴らされた。同年一二月の辺野古新基地の是非を問う名護市民投票の大勝利、二〇〇〇年沖縄サミット粉砕闘争のけん引によって歴史的な闘いの幕が開かれた。

▼④米軍再編攻撃と対峙する辺野古新基地建設阻止闘争

 〇四年八月一三日に発生した米軍大型ヘリの沖縄国際大学への墜落炎上事故は、普天間基地即時閉鎖・撤去と日米地位協定抜本改定要求の闘いを本格化する。同時に、辺野古ボーリング調査強行に対する現地闘争―単管ヤグラ闘争の持続的闘争をかちとり、勝利する。
 この地平は、〇五年一〇月「日米同盟:未来のための変革と再編」、〇六年五月「再編実施のための日米ロードマップ」(米軍再編最終報告)による米軍再編攻撃と真っ向から対峙する「オール沖縄」潮流形成への突破口となる。
 新たな米軍再編攻撃―日米軍事一体化攻撃に対し、AWC日本連を先頭に、沖縄・岩国・神奈川さらには京丹後を軸とする住民決起と連帯の闘いが構築され、平澤(ピョンテク)米軍基地拡張阻止闘争を闘う韓国や米軍再駐留粉砕を闘うフィリピン―東アジアとの連携を深め、国際共同闘争による米軍総撤収の闘いの地平も生み出された。
 米軍再編最終報告では「辺野古V字案」が明記された。九九年時の閣議決定を破棄し、「一五年使用期限」「軍民共用」「基地使用協定」は反故にされた。「代替施設」とは名ばかりの、普天間基地にはない軍港機能を有した巨大海上新基地であり、高江(北部訓練場)・伊江島など北部地域の基地機能強化も含まれた新たな攻撃であった。北部訓練場「過半返還」―東村高江のオスプレイパッド建設阻止闘争も住民の座り込み行動が開始され、辺野古闘争と連携した闘いが構築された(一六年七月の全国派遣機動隊との攻防戦)。
 〇九年八月総選挙―九月鳩山連立政権(民主党、社民党、国民新党)の誕生は、大きな局面の転換となった。鳩山の「普天間基地の国外、最低でも県外移設」表明を受け、「沖縄県民の負担軽減の観点から、日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」連立政権合意書もかちとった。
 そして一〇年一月、稲嶺進名護市長の当選は、辺野古新基地阻止闘争の全国闘争拡大への原動力となった。知事仲井眞も含めた全四一市町村長の参加した4・25「普天間基地の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し国外・県外移設を求める県民大会」(宮古・八重山でも開催)に九万五〇〇〇人が大決起し、「オール沖縄」潮流の形成へと突き進む。
 この「県民大会」から「構造的差別」糾弾が公然と叫ばれる地平が生み出されたが、それも一過性ではない。沖縄人民の自己解放闘争の原点が沖縄戦であったことは何度も確認してきた。日帝・文科省による沖縄戦強制集団死への日本軍強制削除の暴挙に怒りが大爆発し、〇七年九月二九日「教科書検定意見撤回を求める県民大会」が空前の一一万人以上の大決起をかちとったことも大きな前提であった。
 結局鳩山は、「日米安保同盟重視・米軍抑止論」を持ち出し、五月日米共同声明で「辺野古回帰」を押し付け、辞任した。しかし民主党政権の裏切りへの怒りと徹底非妥協の確信が結実化した沖縄人民の闘いは、九月名護市議選での新基地反対派の圧勝、さらには、一一月知事選で再選された仲井眞にも「県外移設」公約を課すことで階級的到達点を維持した。

▼⑤自己決定権掲げ「建白書」総行動「オール沖縄」政治潮流の形成

 一二年九月九日「オスプレイ配備に反対する県民大会」は、宮古・八重山会場を含め「復帰」後空前の一〇万三〇〇〇人が総決起した。MV22オスプレイの強行配備に対して、翌年一月には「県民大会」代表団が、「建白書」安倍直訴・東京行動に決起した。「建白書」の意義は、日帝の歴史的な「構造的沖縄差別」を弾劾し、「オスプレイ配備撤回・中止、普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念」、さらには在沖米海兵隊撤退、日米地位協定抜本改正要求を政治的一致点とするものだった。同時に展開された普天間基地ゲート封鎖実力闘争も基地撤去への大きな確信力となった。
 しかし日帝―安倍は一三年二月、オバマとの日米首脳会談で「普天間基地の早期移設」を再確認、「建白書」要求への反革命回答を下し、三月二二日沖縄防衛局による辺野古埋立て申請を強行した。その上であえてサンフランシスコ講和条約発効六一年目の四月二八日に、「主権回復・国際社会復帰を記念する政府式典」を強行し天皇万歳を強制した。沖縄人民の誇りと尊厳を何度も土足で踏みにじる暴挙に対して、沖縄人民は徹底糾弾の4・28総決起大会で応えた。
 年末の一二月二七日、知事・仲井眞による「辺野古埋立て承認」の暴挙を現代の「屈辱の日」として歴史に刻む。仲井眞と沖縄自民党の「県外移設」公約撤回への怒り、「埋立て承認」と沖縄予算増額の取引、「いい正月を迎えられる」と言い放ったことへの屈辱と怒りが爆発したことは当然だ。翌一四年一月名護市長選・稲嶺進氏再選勝利と九月市議選勝利、一一月知事選での仲井眞打倒・翁長武志氏大勝利、一二月衆院選での沖縄四小選挙区での辺野古新基地反対派の勝利が刻印された。

▼⑥翁長知事誕生と辺野古の階級激突戦の前進

 日米両帝国主義は一五年四月、「防衛協力のための指針(ガイドライン)」の一八年ぶりの改定を強行した。釣魚諸島が安保条約五条の適用範囲にあるとも強調し、「沖縄の基地負担軽減」「普天間基地の危険性除去」を名目に、辺野古新基地建設強行を宣言している。
 それを受け、日帝・安倍は九月、地球規模での自衛隊海外派兵―米軍支援拡大と集団的自衛権行使、米軍基地の日米共同使用と共同訓練の一体的推進を可能とする戦争法=安保法制を強行採決した。戦争法反対の全国的高揚、連日の国会包囲行動への大決起の闘いは、辺野古新基地阻止国会包囲行動との連動した地平も闘い取られた。
 一五年一〇月一三日の翁長知事による辺野古埋立て承認取り消し決定は、辺野古新基地建設を違法・不法状態に追い込んだ。日帝・安倍は、あらゆる強権的手段を弄すとともに、海上阻止行動への海上保安庁、ゲート前阻止行動への警視庁機動隊派遣と国家権力総ぐるみの攻撃を仕掛け、階級総激突戦としての辺野古闘争の実力闘争としての闘いへと発展した。
 沖縄人の自決権確立を強く意識した翁長知事を人格的代表とする「オール沖縄」政治の思想的一致点は、「誇りある豊かさ」「イデオロギーよりアイデンティティ」主張と、政治的には「日米安保体制下での基地負担の全国均等化」を求めるものである。われわれは、被抑圧人民としての沖縄人民の誇りと尊厳をかけた闘いの発露であるという確認と、辺野古新基地建設阻止闘争を現実的な階級攻防の中心環として闘い抜いている思想的政治的スローガンとして裏打ちされている以上、それは「居酒屋独立論」とは真逆の沖縄解放闘争の思想的政治的推進軸として評価すべきであると表明した。同時に、日米安保粉砕こそが沖縄―「本土」人民の階級的団結強化・深化と自己解放闘争の前進のための必須条件である以上、安保粉砕・基地撤去なき「基地引き取り」運動への階級的批判、分岐もかちとってきた。

▼⑦知事「不承認」を突破口に辺野古新基地決戦勝利へ

 一八年九月翁長知事の急逝を受けた知事選での玉城デニー氏当選は、「建白書」実現・辺野古新基地反対の地平に立脚してかちとられた大きな成果である。その玉城デニー知事による昨年一一月二五日の「設計変更不承認」決定は、新たな到達点となった。
 沖縄人民を先頭に、二〇年四月沖縄防衛局の「変更申請」強行を許さず、コロナ禍の厳しい状況下で意見書提出運動を軸に全国で取り組んできた。名護市議会では反動渡具知「市長意見」を粉砕した。一九年二月の「埋立ての賛否を問う県民投票」実現と示された民意、さらには遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松代表のハンスト決起を突破口にした沖縄戦激戦地・南部からの埋め立て用土砂採取阻止運動の拡大など、あらゆる領域からの総決起の上に「不承認」決定がある。「不承認」は、大浦湾軟弱地盤「改良」の不可能を確信し、辺野古新基地阻止闘争勝利の展望を切り拓いた。
 一方で沖縄防衛局は昨年一二月、またしても行政不服審査制度悪用で「身内」の国交相に不承認取り消しを求める茶番と暴挙を行った。現地では新護岸「N2」の完成、「K8」護岸の延伸工事着工、美謝川付け替えのための辺野古弾薬庫側第四ゲート新設工事開始など、既成事実化を行っている。沖縄では二月段階でコロナ「まん延防止等重点措置」は解除されたが、今なお予断を許さない状況が続き、現地闘争(辺野古、安和、塩川)も厳しい条件下で闘いぬかれている。引き続き現地闘争を基軸に実力阻止の陣形を全国で構築・展開しよう。
 今年は九月一一日執行の知事選を頂点とした「沖縄統一地方選挙」の年でもある。七月には参院選もある。すでに前半戦を終えた。一月名護市長選敗北を真摯に受け止めるも立ち止まってはいられない。選挙戦の結果如何にかかわらず、日帝の戦争攻撃と階級分断攻撃の激化に抗し、「オール沖縄」政治潮流の革命的再編強化をかちとることが求められている。日共の政治利用主義を粉砕し階級的分岐と団結をかちとろう。沖縄反革命的統合五〇年弾劾! 知事の「不承認」の地平をさらに拡大・前進させ、辺野古新基地阻止決戦の大勝利を歴史に刻印しよう。


 


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